Research

 当研究室は、2010年4月から東大・駒場Iキャンパスでスタートし、バイオマテリアル(高分子材料・界面&細胞工学)、バイオ分析化学、核酸科学に関する研究を行ってきました。最近は分子認識能をもつ核酸「核酸酸アプタマー」の医薬応用(診断薬・治療薬)に関する研究に注力し、成果の社会還元を意識しながら行っています。


次世代の中分子分子標的薬 “核酸アプタマー”
 核酸アプタマーは、分子認識能をもつ核酸塩基配列のことで、中分子型の分子標的薬に分類されます。下は加齢黄斑変性症に対する核酸アプタマー製剤の例で、眼球裏にある血管の異常増殖を抑制する分子標的薬です。異常増殖した血管が眼球を圧迫することで、視野に異常をきたす病気の治療薬として利用されています(正体は VEGF-A に結合する化学修飾された RNA アプタマーです)。

 核酸アプタマーの特長を、他の医薬品である”低分子”と”抗体”と比較した表とともに下に記載しました (表は吉本が作成したものです。参考程度にお読みください。また、転載・転用などは禁止します)。核酸アプタマーの特長を端的に説明すると、安くて、品質が一定で、薬効が高く、相補鎖で薬効を簡単に中和することができる点にあります。さらに、複数のアプタマーを繋げたものを容易に設計し(多価化)、迅速に入手することができます。特に、「相補鎖で中和可能」と「多価化が容易」は、他のモダリティーにはない核酸アプタマー独特の特長です。

 吉本研では、核酸アプタマーを効率良く獲得する分子進化工学的手法 MACE®-SELEX 法(後述)の構築に成功しており、獲得した核酸アプタマーを薬剤分子や検出用分子としてに関する研究を行っています。これまでの研究の成果の一部を下に紹介します。

研究成果 (1): 薬効中和可能な血液凝固阻害薬としてのバイスペシフィックアプタマー

 上図に示すように、血液凝固因子であるトロンビンという酵素に結合する DNA アプタマー二種類をリンカーで連結した、二重特異性DNAアプタマー(バイスペシフィックアプタマー)を設計し、In vitro の薬理活性試験を行ったところ、過去最高の抗血液凝固能を示すDNAアプタマーの構築に成功しました。
 上図左は、アプタマー2量体とトロンビンとの複合体の、分子モデリングの結果です。上述したように、核酸アプタマーの特長の一つは「相補鎖で中和可能」になります。87塩基からなるバイスペシフィックアプタマーをトロンビンから剥ぎ取り、薬理活性を中和する一本鎖 DNA の設計と評価を行いました。その結果、完全相補鎖な87塩基の一本鎖 DNA (ssDNA) よりも、37 塩基の短いssDNA の方が中和剤としての性能が高いという興味深い結果が得られました。バイスペシフィックアプタマーの薬効を効率よく中和するための重要な要素として、(1) バイスペシフィックアプタマーのリンカー(上図 紫色)と相補鎖を形成する配列(上図 赤色)の存在と、(2) Exocite I アプタマー(上図 Aptamer 1 側)の塩基配列の半分と相補鎖を形成する短い配列(上図 緑色)が重要であることが明らかとなりました。
 中和剤の分子量を小さくなると総投与質量が小さくなるため、得られた分子設計指針を活用することで、中和剤による副作用を大幅に低減することができます(RPTH 2021 にて発表済)
 現在までに、共同研究グループである奈良県立医大の研究チームと動物実験を行い、上図に示す Pse08-29 というバイスペシフィックアプタマーが生体内において最も有望なバイスペシフィックアプタマーであることを明らかとしています。詳細については以下の2023年のプレスリリースなどを参照ください。
➡解説:東京大学 PRESS RELEASES (0808 Japanese/ 08/29 English)
➡解説:東京大学 大学院総合文化研究科・ニュース 2023 08/08
➡解説:EurekAlert! 08/29, AlphaGalileo 08/29

研究成果 (2): 核酸アプタマー群を獲得する分子進化工学的手法 “MACE®-SELEX” 法の開発

 上図に示す、1990年代に発案されたSELEX(Systematic Evolution of Ligands by EXponential enrichment)法は、核酸アプタマーの選抜に広く使用される分子進化工学的手法ですが、多くの選抜サイクルが必要で、非特異的な結合や大量に存在する非結合性配列がアプタマー候補配列解析時のノイズになるため、成功確率が低い手法でした。これらの課題を克服するために、我々の研究グループでは、微粒子導入型キャピラリー電気泳動(MACE)という「アプタマーの視える化」を可能とする新しい分子分離技術を導入した SELEX 法(MACE-SELEX)を開発し、様々な標的分子に対するDNAアプタマーを獲得して研究を行っています(MTNA 2019, ChemBioChem 2021, Anal. Chem. 2022)。下図が MACE の概略図になります。


研究成果(1)で紹介したトロンビンに結合するバイスペシフィックアプタマーは、このMACE®-SELEX法で獲得したDNAアプタマーです。トロンビンに結合するアプタマーは HD1 や NU172 RE31などが既に発見されていましたが、我々が獲得した M-08 および M08s-1 は、HD1などの過去のアプタマーと同程度の結合親和性であるにもかかわらず、高い薬理活性を示すことがわかっていましたが、その理由については不明なままでした。

イタリアのナポリ大学との共同研究の結果、上図の結晶構造が明らかとなり、M08s-1の分子内屈曲構造が高い薬理活性の原因であることがわかりました。詳細については以下の2023年のプレスリリースなどを参照ください。
➡解説:東京大学 PRESS RELEASES 2023 08/01
➡解説:東京大学 大学院総合文化研究科・ニュース 2023 08/02

MACE-SELEX法の社会実装を目指し、産業界における核酸アプタマーの利用を活性化することを目的とした LinkBIO という会社をスタートさせました。DNAアプタマーの探索事業を行っているのでご興味のある方はいつでもコンタクトください。

研究成果 (3): 人工サイトカインを模倣して血管新生を促進するアプタマー

 核酸アプタマーは、研究成果1 のような結合阻害剤ではなく、サイトカインである液性タンパク質のように、生体イベントにスイッチを入れられる分子として利用することもできます。VEFG-A を含む VEGF ファミリータンパク質は、細胞表面上にある受容体と結合することで血管内皮細胞から血管が形成される現象(血管新生)を促進させることが知られています。我々の研究室では、VEGF-R1 と VEGF-R2 の両方に結合する複数の DNA アプタマー(上図左)の獲得に成功し、Apt 02 が VEGF-165 (≒ VAGF-A) と同じように血管新生を促進させる非常に珍しい分子であることを発見しました(上図右)。

サイトカインの多くは常温における長期保存が難しく、常温での長期保存に全く問題のない核酸アプタマーをサイトカインの代用(人工サイトカイン)として利用する事は、大きな意義とメリットがあります(MTNA 2020 にて発表済)。

研究成果 (4): 核酸アプタマーを利用する高感度抗がん剤検出システムの開発

 メトトレキサート(MTX)は、白血病やリンパ腫などのさまざまな癌の治療に使用される低分子型の資料薬ですが、MTXの血中濃度が高いと副作用のリスクがあるため、血中のMTX濃度を注意深く監視することが不可欠です。現在、MTX濃度は臨床現場で抗体ベースのキットを使用して測定されていますが、いくつか問題点があります(こちらを参照)。我々の研究グループは、化学的に合成可能な DNA を用いるMTX検出システムを開発しました。独自に獲得したDNAアプタマーは、抗MTX抗体と同程度の特異性を有し、ペルオキシダーゼ活性をもつもうひとつのDNAアプタマー(DNAzyme)と連結させることで検出用のバイスペシフィックアプタマーを構築しました。ローリングサークル増幅でDNAzyme領域を増幅すると、検出限界が290pMの高感度な検出が可能となりました。DNAベースのMTX検出システムは、実験室および診療所で抗体に依存しないMTX検出を提供できます(Anal. Chem. 2022)。下記のニュースも参照ください。
➡ 解説:東京大学 大学院総合文化研究科・ニュース 2023 01/23


その他の研究

以下に、過去に行った研究テーマを記載します。

3D培養法や機能性培養皿を利用する幹細胞の分化制御
ACS Appl. Bio Mater., 1 (3), 538-543 (2018)
ACS Appl. Mater. Inter., 9 (11), 9339-9347 (2017).

CRISPER-Cas9 を用いる幹細胞の内在性遺伝子の発現操作
ACS Synth. Biol., 6 (12), 2191–2197 (2017).
Nat. Methods, 14, 963-966 (2017).

細胞の低侵襲な分離/濃縮用電極デバイス
Analytical Sciences, 35(8), 895-901 (2019).
Sensors, 18(9), 3007 (8 pages) (2018).

藻類細胞に対するバイオマテリアルの提案
ポリマーゲル封入培養法による藻類細胞の多細胞化
Plant and Cell Physiology, 61(1), 158-168 (2020).
藻類細胞が生産するバイオ燃料や薬剤生産量の上方制御
Journal of Bioscience and Bioengineering, 128(6), 751-754 (2019).
藻類細胞への高効率な遺伝子導入法の開発
Science and Technology of Advanced Materials, 22(1), 864-874 (2021).

など。ラボには核酸アプタマーの評価用装置に加え、細胞培養設備(クリーンベンチや蛍光顕微鏡)などもあります。